エピソード〜広島の地で触れる〜
斉藤和義デビュー30周年ツアーのライブを見るために広島へ
仕事の都合もあって、行きやすい日程がたまたま広島だったので、旅行も兼ねて行ってきた
ライブのメイン客層は50代、その次は60代で、
40代以下は少ないように感じる
男女比率は6:4で女性が多いかな?
夫婦か女同士
自分は40才やから、10才の頃にデビューしたんやな〜なんて思って
曲を聞き出したのが18才ぐらいの時だから、デビューしてから約10年ぐらいは知らなくて、20年くらいファンとしてずっと聞いてきた事になる
ライブの感想を一言で言うと“最高”やった
けど、この感じは言葉では表現できない
ただ、印象的だったのは会場の一体感と熱気
失礼を承知で書くと
50才以上の人達が集団で熱を帯びる空間というのはなかなかのもんで
自分ももちろん会場と一体となって興奮したし、一緒に盛り上がったけど
たぶん、デビューから一緒に歩んできた古株ファン達とは沁み方?感慨深さ?みたいなもんが違うんやろうなぁ
って思って
ほんとに最高の笑顔で心から楽しんでる顔、顔、顔を見渡して、なんか泣きそうになった
これは30年という時間の厚みがこのひとときに乗っかっている事が大きいと思う
【お好み焼き】
広島のソウルフード広島焼き
地元の人からすると広島焼きだとか広島風お好み焼きなんて言われる事を嫌うんだとか
なので“お好み焼き”という食べ物だ
食べる事が大好き
かつ、旅行も好きで
その土地の食べ物は事前にむちゃくちゃ下調べして行く
広島焼きは元々食べたことはあって、おいしいって思ってたから、地元のおいしい店に出会えたらさぞかしおいしいだろうと
期待膨らみまくりで現地へ!
2店舗行って食べたけど
どちらも平日なのに大行列💦
食べたら、うん。おいしかった。
確かにおいしいけど、
ある程度、セオリーに沿った食材でシンプルな調理法で提供されるその料理は
まあ、そうゆう味がした。
店舗差も自分はそれほどわからなかった(大好きな人や地元の人は違いがわかるんだろうと思う)
文化は持続、エンタメは事実
広島の地において、お好み焼きは完全に食の文化だ
戦後に屋台で始まったお好み焼きは当時手に入る食材で手軽に食べれる庶民のファーストフード的な存在だった
当時と多少は形を変えたものの、その食の形態は変わらぬ形で県内に広がり途絶えることなく今に続く
文化や伝統は変化を恐れずとも、根幹部分はしっかり守って、先に残す
持続あってこそ、文化としてその時代に存在できる
その時代時代で求められるから持続するのであって、それが食なら、まずけりゃダメ。
ただし、絶品である必要もないんやなぁって思った
(その食文化の中で育った人にとっては絶品なのかもしれないけど、、、)
だから、味比べで現代の美味しい料理より秀でてる必要もない
対して、エンタメはその時代にその時代を生きる人からちゃんと支持されるという事実が大事
でないと成立しない
それには、高いクオリティーも含む、他との差別化が必要で、、、
30周年の歌手はエンタメで文化
音楽ライブはエンタメ
その時代、その瞬間、その会場で支持を受けてる事実がそこにある
そのライブでの支持自体は約2時間と短時間のもの
でも、30年という長い時間の積み上げがその熱狂的空間を作り上げた
さらに言うと
斉藤和義というアーティストはビートルズやボブ・ディランやローリング・ストーンズらに影響を受けて作品を作ってきた背景があり
それを考えると30年以上の厚みがあり、もはや一つの独立した文化が産まれてると言っても過言ではないように思った
讃岐うどんはたまたまレベルが高いご当地グルメで
そこに目をつけて仕組化した丸亀製麺やはなまるうどんが全国展開した
仕組化して安定したクオリティーを低価格で提供できると強い
ただ、讃岐うどんはやっぱり現地でしか食べられない味があると思うし(四国で住んでた経験があるから)
讃岐うどんに強い熱を持った店主が作るうどんはうまいと思う
その土地に根ざした文化がその土地の人に愛されて持続する
その当たり前が今ではなかなか難しくなってきてる現実
文化や伝統はなんでもかんでも残しましょうとは思わないけど
途絶えると惜しいものは多いように思うし、
再現のハードルの高さはエンタメと大きく違うように思った
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